善意という名の

近頃TwitterやFacebookなどの(以後文脈的に適当なのものとしてTwitterで統一する)SNSの使われ方について、強く思うところがあるので書いておこうと思う。

前々から指摘されているが、Twitterには誤った情報が短時間で爆発的に拡散されるという危険性がある。
そのことに多くのユーザーが気づいたのが昨年の東日本大震災だろう。デマツイートを多くの人が「善意」のリツイートをすることで混乱を招いたり、より必要とされる情報がどんどん流れて行ってしまうという事態を招いた。

多くのユーザーはあの時の出来事を教訓にしてきたはずなのだが、あれから1年余りの歳月が流れる間に忘れてしまった人が増えてきたように思える。

最近身近で起きたとある出来事を例に挙げてみよう。

内容としては、あるバンドマンがライブハウスに置いていた機材を紛失したというもの。
もう少し詳しく書くと、ライブ後にそのままライブハウスで打ち上げをしていたら、楽器と機材がなくなったというツイートがされ、それを受けて周辺の友人知人がどんどん情報を拡散していったという話だ。

結論から言うと、その無くなったと思われる楽器と機材はその日のうちに無事に見つかった。
本人の名誉の為に詳細は伏せるが、紛失した経緯は本人とその場にいた他の人の不注意と手違いによるもので、盗難などではなかったのである。
無くなったと思ったものが見つかったので、本人は勿論、周辺の方々も安堵したことだろうし、Twitter上でもそのようなやりとりが見受けられたが、この事件にはただめでたしめでたしで終わらせられない要素が含まれている。

一つは、ライブハウスの実名が挙げられていたことだ。
事件解決前、つまり機材を紛失したバンドマンA氏がその旨をTwitter上に呟いてから機材が見つかるまでの間、そのライブハウスは当該ツイート並びにリツイートを読んだ多くのユーザーにとっては「盗難事件のあったライブハウス」という認識を持たれた可能性が高い。

A氏はTwitter上ではっきり盗まれたと言及はしていないものの、「犯人を見つけたい」といった発言もしており、少なくとも第三者からは盗難があったと捉えるのが自然な内容であった。
話の主点はあくまでA氏の機材が紛失したということであるが、もう一方でBというライブハウスで盗難事件があったらしいという情報もおまけ的に広まってしまったのである。
実際A氏は盗難のセンもあると考えていただろうから、その時点において盗難の可能性を匂わせるツイートをしたことは責められるべきではないかもしれない。

個人的に恐いなと思ったのは、そこから先のユーザーたちについてである。
まずここでTwitterの仕組みをおさらいしておく必要がある。
Twitter上でユーザーが発言をすると、そのユーザーをフォローしている全てのユーザー(ブロックしている場合は除く)のTL上にその発言が表示される。それを誰かがリツイートすれば、リツイートしたユーザーをフォローするユーザーに対しても同様の効果がある。
仮にA氏をフォローしているユーザーが500人いたとしよう。さらにその500人の中に今度の件で情報を拡散したユーザーが10人いて、それぞれフォロワーが100人いたとする。すると単純計算で件の機材紛失ツイートが1500人のユーザーに広まったことになる。

実際にはリツイートがさらにリツイートされることもあるだろうし、フォロワー数もここでは便宜的にわかりやすい数字にしただけなので、現実それ以上に情報が拡散されたと見るのが自然である。
それだけの数の人間に、恐らくはものの1~2時間で情報が広まってしまったのだ。

この情報を拡散したユーザーたちはもちろん皆善意の人であったのだろう。
A氏の力になりたい、あるいは自分は力になれないが他に力になってくれる人がいるかもしれないという思いでリツイートボタンをクリックしたのだと思う。

もう一方で、Bというライブハウスに対して盗難事件が起きたという濡れ衣を着せてしまったことには多くのユーザーが無頓着だった。実際A氏が機材が見つかった旨の報告をした際も、A氏に対して直接リプライを送るユーザーは多く見受けられた反面、事件解決の報告をリツイートなり自分で発信するという行為にまで及んだ人の数は極端に少なかった。

つまりA氏のフォロワーのフォロワーといったユーザーに対しては、ただ単純に「BというライブハウスでAさんの機材がなくなったという事件があった」という部分だけが話として伝わってしまい、その後なんのフォローもされなかったということである。

これと同様の話も散見される。
例えば「どこどこに停めておいた機材車が盗難にあった」とか、今回と同様のケースで「○○というライブハウスの楽屋に置いておいた楽器を盗まれた」といったものだ。
自分のTL上にこういった話が流れてくることがたまにあるが、それらの話が「その後どうなった」かまで伝わってくることは皆無である。

何故かと言えば例えば今回のように無くなった物が無事に見つかったケースの場合、まず当事者のフォロワーにその旨が伝えられ、彼ら彼女らはその時点で見つかって良かったね、安心しました、といった以上のアクションを取ろうとしないからだ。
結果として特定のイメージが広まってしまうという危惧がある。

例えば自分ではライブにあまり行かないが、バンドマンやライブによく行くお客さんをたくさんフォローしているユーザーがいたとして、その人のTLにはしょっちゅう盗難事件の情報が拡散されてくる。それらの事件が仮に解決したとしても、その人のところまでは解決した旨の情報が届かないため、結果的に「ライブハウスはしょっちゅう盗難のある危ない場所だ」というイメージを植え付けられる心配がある。実際にはその大半が今回のような手違い、勘違いによるものだったとしてもだ。

それは穿ち過ぎだという意見もあるかもしれないが、これは実感である。
何故ならば此度のA氏の機材紛失騒ぎの際に、自分のTL上で「また起きたのか」といった意味合いのことを呟いているユーザーがいたからである。そういうイメージが定着しているのだ。

今更ながらTwitterの利便性は正負両面あるということを再認識した一件だった。
特に悪気がない人ほど要注意だということがわかった。

一面でTwitterはボタン1つクリックするだけで重要な情報をスピーディに広めることのできる優れたツールである。それは誤った情報や悪意ある情報についても同様だ。
悪意ある情報については皆それなりに注意を払っているとは思うが、誤情報を善意で拡散するのはなかなか止められない。

ハブユーザー(情報発信者を直接フォローしているユーザー)には、何かあった際はまず本人に詳しい状況を確認するというステップを踏む癖をつけてほしいものだ。
例えば楽器や機材の紛失騒ぎがあったとして、それがまだライブをやっている騒がしい時間帯に起こったのか、人も少なくなった撤収中の出来事なのか、本人が席を外していたのは数分だったのか数時間だったのか、シラフだったのか酔っていたのかなどの状況によって、大きく判断が変わってくるからだ。

自分の行為が「善意」なのか「無責任」なのか、心当たりのある人は振り返って考えてみて欲しい。
逆に言えば、それを考える間を置かずにとりあえず情報を拡散できてしまうのがTwitterの恐ろしさなのだ。

自分自身への戒めも含めて、皆さんご注意ください。


ジンボ アラタ
Author ジンボ アラタ 92 Articles
東京都出身。日本工学院八王子専門学校コンピューターミュージック科卒業。その後は音楽とは別の道へ進むが、再び音楽の世界になんらかの形で関わって行こうと決意し、2007年より音楽イベントのオーガナイズを始める。