自分の悲鳴に気づかない

震災下のライブハウス

これを書いている2011年3月14日。
東北地方太平洋沖地震という未曾有の大災害の発生から4日目になる。

俺の住んでいるのは東京西部。幸いにも地震による被害はゼロ。
津波はもちろんのこと、火災などの二次災害もなく、これは本当に不幸中の幸いだった。

とはいえ、被害が全くないわけではない。近所のコンビニやスーパーは品切れになっている商品も多いし、なお強い余震が予想されるため、なかなか緊張を解くことができない。
被災地に電力を集中的に送るために節電も不可欠だ。今日から計画停電も始まる。

俺の職場はライブハウスだ。当然ながら電気をたくさん使う。
きっと今街頭でインタビューをしたら、10人中10人が「こんな時は営業を自粛すべきだ」と言うだろう。
もちろんそれは間違っていない。

うちの職場に関して言えば、地震発生からの3日間は自主的に営業を停止している。
しかも地震のあった当日は、帰宅困難者のために店を開放して、暖を取ってもらい、飲み物を提供したりもしているのだ。これはうちに限った話ではなく、都内の多くのライブハウスが同様の行動を取っている。
もちろん無償だ。

困った時こそ助け合い。その通りだと思う。そしてそれを自分の職場が実践してくれていることには素直に誇りが持てる。だがその「貢献」はすなわち店にとっての「実害」なのだ。
ライブを中止すれば当然その日の売り上げはゼロになるし、出演者もまたギャランティを受けることができなくなる。

そして俺のようなアルバイトは、仕事がなければ給料が発生しない。
社員は固定給を貰っていると思うが、売り上げがない状態で給料を払わなければいけない店は、当然ながら逼迫される。給料を払わずとも家賃や機材の維持費などは自動的に飛んでいく。
この3日間ですでに、我々はかなり身を削っているのだ。

そこに来て今度は節電という課題が生じてきた。
甚大な被害を受けている東北に集中的に電力を回さなくてはいけない。もっともだ。そしてニュースにはあまり出てこないが、茨城や長野などでも同様の需要はあるだろう。実害の少なかった地域が貢献するのは当然と言える。そもそも関東自体の供給量が需要に対して足りていない。

だが電気を使うのが仕事の我々は、当然ながら節電しながら仕事をするのは難しい。
まして停電するとなれば尚更だ。

「なら電気を使わない音楽をすればいいではないか」

はい、ごもっとも。アコースティックギターを奏でて、生声で歌う。それだけでいい。なんなら椅子や机を叩いてリズムを刻んでもいいし、みんなで合唱するのだっていい。それも音楽。それこそが音楽の強み。
だがそれは「音楽」ではあっても、必ずしも我々の「仕事」にはなり得ないのだ。
音楽家にも様々な形態があって、音楽家だからと言って必ずしも「音楽全般」が仕事になるわけではないのである。

同様にライブハウスに関して言えば、少なくともうちのハコの場合は、「大音量を出し、派手な照明で演出されるステージ」を作ることがメインの仕事になっている。そうじゃない日もあるけど、そういう日の方が圧倒的に多い。
単に「節電を心がけよ!」という状況ならば、一時的に無視して「仕事」をすることもできないではない。
だが計画停電が続く限り、我々は仕事を奪われたままなのだ。

それでも今日からうちは営業を再開する。照明を限界まで落とし、音に関しては生音か充電式アンプを介して出す。しかもフリーライブ(ただし1ドリンク制)で、店内で義援金を募る予定。
ぶっちゃけ大赤字である。交通機関も半分マヒしているような状態でお客さんが何人来るかわからないが、恐らく売り上げはこの日の人件費も賄えないだろう。それでもスタッフの生活を考慮して、店が身を切って営業再開を決断してくれたのだ。ありがたいことだ。

そうは言ってもライブハウスのスタッフの給料は悲しいほど安い。俺も普段から派遣のアルバイトを不定期に入れることで家計を賄っている。
今日も派遣の仕事をする予定だった。内容は運送屋の手伝い。
だが計画停電の影響で現地に向かう電車がなかった。バスも途中までしかない。タクシーを使えば行けないことはないが、それは義理を果たすだけで完全に赤字。
結局先方には職場から連絡を入れてもらい、俺は仕事をすることなく帰ってきた。またしても収入ゼロ。

ここまで来てやっと気づいた。直接の被害がなくて今まで気づかなかったけど、俺たちは紛れもなく被災者で、今まさに被災しているんだと。
仕事のための電力を奪われ、お客さんに足を運んでもらうための交通機関が機能せず、俺たちの日常は完全に停止してしまっている。フリーライブだアコースティックだと、一時的なテンションで乗り切ってみても、後に収支を確認して青ざめることになるのは目に見えている。

直接的に大きな被害を受けている地域を支援していかなければいけないという意識は変わらない。
だが支援をしていくべき地域の人間が路頭に迷うようになったら、支援しようにもできない。
1個のパンしか持たない人が他人に施しをすれば、自分が餓死するだけだ。自己犠牲が美談になるのは物語の中だけで、現実は悲劇かブラックジョークになるだけ。

ただでさえ今の音楽業界は斜陽と言われている。言われてるだけじゃない、本当の話だ。
今経営が上手くいってるライブハウスなんて70~80軒に1軒、もしかしたら100軒に1軒くらいしかないかもしれない。
そんな中で、自分のところを含めて多くのライブハウスが自粛しているのはすごいことだと思う。
実際自分の周りでは、他人に言われてではなく、率先して(もちろん実情は泣く泣くであろうが)自粛しているところばかり。そのせいか、「こんな時に…空気読め!」みたいな誹謗中傷はほとんど目に入ってこない。

だが褒められても腹は膨れない。
我々が今の「被災」状態から「復興」するためには仕事をしなくてはいけない。
深刻な被災地に支援をしていくためには、まず被害の軽微なところから復興していかないことには話にならないと思うのだ。

皆さんができる簡単な復興支援がある。我々が仕事をするのを認めてほしい。
それだけだ。


ジンボ アラタ
Author ジンボ アラタ 96 Articles
東京都出身。日本工学院八王子専門学校コンピューターミュージック科卒業。その後は音楽とは別の道へ進むが、再び音楽の世界になんらかの形で関わって行こうと決意し、2007年より音楽イベントのオーガナイズを始める。