パニックハウス 解散ワンマンライブ

・・・を観に行った上での、私のパニックハウス評。
ライブレポ、ではない。

2018年11月22日。パニックハウスの最後のライブを観に行った。
会場は私にとっては元職場でもあるZher the ZOO YOYOGI。

彼らとの出会いが何年前だったのか正確には思い出せないが、2011年以降のことだったと思う。

変なバンドだった。
メロディがほとんどなくがなり立てるように歌うボーカル。その横にはカウベルを叩きながら合いの手を入れる女の子と、踊っている男がいた。踊っている男は時折よくわからないことを口走っていた。MCでもほとんど真面目なことを喋らなかった。
こういうバンドは演奏が下手だとただ痛々しい感じになってしまうのだが、フロント陣のおちゃらけ感をきっちりカバーできるだけの演奏力のあるバンド隊がいて面白かった。ファンク調のチンドン屋といった風情。

気が付けばパニックハウスは毎月Zher the ZOOに出演するようになっていた。ボーカルの加口くんとダンサーの市川くんは出演しない日でもちょくちょく飲みに来るようになった。バーを担当していた私は彼らと段々仲良くなった。
パニックハウスを絡めたブッキングのアイデアが自分の中で生まれたりもした。が、それは残念ながら実現しなかった。

私がZher the ZOOを退職した後も市川くんとは細々と交流が続いていた。その細い糸が繋がっていたおかげで昨年の『サブカルヒステリーアワー5』では彼に出演もしてもらった。
その頃パニックハウスは動きが停まっていた。色々あったらしい。いつの間にかメンバーはフロントの3人だけになっていた。
だがまた腕のいいサポートメンバーを見つけて活動を再開した。市川くんはいつの間にかダンサー兼ギタリストになっていた。

「パニックハウスで市川がギターを弾く」というスタイルが成立するのかはよくわからないが、「それはそれで面白い」のは確かだろう。
バンドというものは「こう成りたい」というビジョンと「こうは成りたくない」というビジョンのうち、前者の方が強いタイプと後者の方が強いタイプがいて、多分パニックハウスは後者。変にカッコつけたり、ダサいことをしないように、そういう点では結構繊細だ。「それはそれで面白い」と「下手するとダサい」を天秤にかけた時、市川くんがギターを持つに至るまでは結構な葛藤があったのではないかと推測する。
いずれにせよ市川くんはギター「も」弾き、バンドは再始動したし、CDも出した。それでも解散という結論に至った理由は知る由もない。案外パニックハウスのウェブサイトに書いてあることが本当の理由で、それ以外何もないのかもしれない。

・・・という紆余曲折を経て、パニックハウスは最後のライブに臨んだ。
最後ではあったが、センチな空気はなくていつものパニックハウスだった。バンド隊がサポートになってから観るのは初めてだったけど、ベースがバリ上手くてカッコ良かった。
市川くんは曲によってギターを弾いたり弾かなかったり。彼がギターを弾いているその立ち姿は好きだけど、やっぱりパニックハウスにあってはギター弾いてない時の方が生き生きしている。

ホールの端っこではレーベルの社長がカレーを出していた。これがめっちゃ美味い。私は2杯食べてしまった。そして酒もしこたま飲んだ。場合によっては朝まで打ち上げ付き合おうかとか思ってたけど、とても体力が持つ気がしなくて終電前にお暇した。

電車に乗ること、ライブハウスに遊びに行くこと、爆音で音楽を聴くこと、何杯も酒を飲むこと、かつて日常だったことが今は全て非日常になってしまった。それらはあくまで状況であって決して音楽の本質ではないけれども、ライブを観に行くということはそれら全ての合算で成り立っている。(酒を飲まない人もいるけど)
私はこの日パニックハウスの音楽ではなく、パニックハウスのライブを楽しんだのである。


ジンボ アラタ
Author ジンボ アラタ 99 Articles
東京都出身。日本工学院八王子専門学校コンピューターミュージック科卒業。その後は音楽とは別の道へ進むが、再び音楽の世界になんらかの形で関わって行こうと決意し、2007年より音楽イベントのオーガナイズを始める。